自然の息づきを木で再現する彫刻家・門永哲郎は写真や絵画を経た後、30代で木彫をはじめました。
本来の仕事の傍ら制作を続けていたため、展示会で作品を発表する機会は限られていたにもかかわらず、生き生きとした鳥の作品は他の作家から別の作家にその評判が伝わり、現在では知る人ぞ知る作家として高い評価を受けています。
対象の姿形だけでなく、その生命の営みをしぐさや表情の中に”正確”に彫りだす作品をぜひご高覧ください。
― 作品「鳥媒花」について― 門永哲郎
鳥媒花とは、鳥が受粉をおこなう花のことです。
動植物が極端に多様化した熱帯の森には多種見られますが、雪の降る地域では珍しく
日本では冬の椿をめぐる鳥たちなど、ごく一部に限られる関係です。
出雲大社のある島根半島は、厳しい降雪地帯にも関わらず、沿岸を洗う暖流、対馬海流の影響からか藪椿の木が多く見られます。椿は出雲の森で唯一冬に花を付ける木で、なかでも藪椿の油は神話の時代には重要な交易品になっていました。
受粉を媒介する昆虫がいない冬には蜜を求めて訪れるメジロだけが種を繋ぐ者となります。そして、メジロにとっても虫も居ない、ともするとすべてが雪の下に隠されてしまうその時期には椿の蜜だけが冬を越すための命を繋ぐための糧となります。この森で椿とメジロは、たがいに不可欠な存在といえるのです。
この椿とメジロを題材とした作品を作らなくてはならないと思うに至ったその契機の一つは、出雲大社北の、鷺浦で発見され「黄泉の黒」と名付けられた黒椿の存在と、その保全育成にかけた一人の男との出会いにあります。
松江で個展を開催した際に知り合ったその男は、作品を見ながらひどく興奮した状態で「黄泉の黒」という、ほんの数年前に出雲大社の杜で発見されたばかりの黒い花をつける藪椿の品種について語り、その年の冬に案内することを約束してくれました。
そして2月、冬波の打ちつける十六島(うっぷるい)から入った鷺浦の山の渓では厳寒期を盛りと椿の花が満開で、その花を目指して多数のメジロたちが飛び交っていました(見るとメジロは地面すれすれに椿の幹近くまで近づき、木冠に突っ込むように飛び上がり、目当ての花にぶら下がるようにとまる。そして一時花の蜜を堪能すると、花からまるで地面に身投げするように落ち、地面すれすれで羽ばたき飛び去ってゆく)。
艶やかな黒にみえるほど紅い花をつけた黒椿を見ながら男は、花びらに小さな傷があるのはメジロの爪跡で、それが受粉の終わったしるしであること。また、彼が椿と椿栽培について様々な知識と経験を得た伊豆ではそのしるしのことを「破瓜(はか)」とよぶと教えてくれました。
人と椿の歴史と、そこで育まれてきた細やかな関係を表現したその言葉に、僕は衝撃を受けました。その衝撃は予感にも似た感覚として少しずつ広がり、彼に聞いた「黄泉の黒」や椿にまつわる様々な話は次第に僕の中で姿を変え、出雲の杜の中で営まれる「椿とメジロの界を越えた異種恋の神話」へと大きく育ち始めていたのです。
そして偶然にも同じ頃に椿の木が非常に優れた木彫の材料であることを知ったことから、椿の木を身体としてその神話を表現することを決めました。その第一作目が、このたび発表する「鳥媒花」です。
2020年06月01日(月) - 2020年06月26日(金)
11:00~17:00※土日は完全予約制となります。
※新型コロナウイルス感染拡大に伴い、当初予定していた会期(2020年5月11日(月)- 5月22日(金))から変更しております。
※ご好評により6月26日(金)まで会期延長が決まりました!
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