Exhibitions

古典的な運筆や、伝統的な絵画材料をベースに ”今” を描く日本画家・谷津有紀。
コロナ禍や戦争などによって急激な変化の中で生きざるを得ない人が、ほんのひと時でも「安らげる場所」を、と制作された一点を発表いたします。

「月夜のはなし」
2022年
h74×w96cm
絹本彩色

 

社会との対話の”事始め”—それが私にとっての作品制作です。
古典的な技法やテーマを媒体としながら今の世界と対話し、浮世絵の「見立て」の手法で世界観を構築しています。
「見立て」の手法を取り入れたきっかけは、コロナ禍を経験し、現在の社会情勢に対する訴求と、古典的な画題に込められた本質とがオーバーラップする感覚を得たことでした。

本作《月夜のはなし》は、文殊菩薩の見立て絵であると同時に、“安らげる場所“がテーマでもあります。
不安定な毎日と格闘しているうちに、コロナ禍も3年目に差し掛かりました。過ぎ去っていった日々を思い返すと、苦しさを我慢しながら走っていたことに自覚的になり、『また歩き出すために、少し休む』ことの至極当然さに気づきました。

本作に描いた獅子は、百獣の王といわれます。その獅子が唯一恐れるのは、体に寄生する「獅子身中の虫」です。しかしこの虫は、牡丹の花に溜まって落ちる夜露にあたると死んでしまいます。そこで獅子は夜になると牡丹の花の下で休むのです。
本作中の模様部分には牡丹を配し、文殊菩薩の見立て絵としつつ“安らげる場所“の象徴としました。

……このようなテーマで本作を描いている最中、世界では戦争が始まりました。
悲しいことに、人類が20世紀で鎮火したつもりになっていた感染症問題や侵略戦争はまだ燻っていて、いとも簡単に燃え上がってしまうものでした。
社会に不安や怒りが溢れているとき、何事にも誠実に向き合う優しい人は、普段の何倍も心が擦り減り、疲れることでしょう。
それぞれが安らげる場所に、心穏やかな時間が訪れることを祈っています。
そして、それぞれの安らげる場所が、暴力によって脅かされることがありませんように。

最後に、絵は、表現したいイメージと、作画の技術が両輪となって生まれてくるものです。古典的な運筆や、伝統的な絵画材料を現代に活かすというのは、ときに縛られることもありますが、一定の制約からしか生まれ得ないものを発見する愉しさもあります。
文化が均質化してしまったら世界は不寛容でつまらないものになってしまうと思います。未来の景色を見つめながらこれからも制作していきたいと考えています。

 

2022年03月11日(金) -  2022年03月19日(土)

11:00~17:00
土曜は完全予約制となります。
※日・祝休み

〒104-0061 東京都中央区銀座5-14-16 銀座アビタシオン2階
Tel:03-3546-7356
お問い合せフォーム