日々の暮らしのなかにあふれる誰かが作った既製品や食べ物を描くことで、ものの見え方や認識の曖昧さを取り上げる小筆夏海。
「誰かが作ったもの」とは、いわば「誰か」という一つの濾過器にモチーフを通して出力された存在です。小筆はさらにそれを自身という濾過器に通し、作品として出力します。
最後に鑑賞者という濾過器を通る時、そこで認識されるのは、元となった実物とはかけ離れた存在でしょう。
小筆の作品は、日常の風景に紛れ込んだ認識の不確かさや多面性を、そっと拾い上げています。
「Stone Teddy Black & White」
2025年
F6(41×31.8 cm)+ F6(41×31.8 cm)
キャンバスに油彩
誰かが作った「像」は、すでに誰かのまなざしを通った存在です。わたしはそれを描くことで、さらにもうひとつのまなざしを重ねました。そして、この絵をまた別の誰かが見つめるとき、そこにはさらに人のまなざしが重なった存在がたちあらわれます。
近年、わたしは人物画から離れて大量生産品のどうぶつの「像」を描いてきました。「像」はルッキズムの枠からするりと抜け出し、見るものによって映し出すものを変えます。語らず、動かず、ただそこに在ることで、見る人の内にささやかな問いを投げかけるのです。
今回描いた対のくまの「像」は、友人である作家の四本拓也さんの作品「GUMI BEAR stone flavor」をモチーフに描いたものです。
この量産的なグミベアは石の素材で作られていて、“食べられるはずだったものが食べられない” という、矛盾や見方そのものを問うような作品で、わたしはこれに共鳴し、今作のモチーフとさせていただきました。
背景の色や光によって白く見えるものと黒く見えるものとで見え方が異なりますが、どちらも同じ個体です。また、この石でできたグミベアがTeddyと名付けられたことで、ふわふわのテディベアを連想したひともいるのではないでしょうか。くまたちも、名付けられたことでテディベアであることを内面化しているかもしれません。
自分から見た自分という存在の認識と、他人から見た自分という存在の認識が異なるように、日常生活のなかには一方の視点からでは判断できないことや見え方の違うものがたくさんあります。
わたしたちが自然だと感じる見方は、わたしたちが自ら作り出した見方ではなく、来歴や社会によって形成されたものでもあります。
やわらかいはずだったもの、食べられるはずだったもの、平和だったはずのもの、大事にしていたはずのもの。
このくまたちも、わたしのまなざしから離れて、見た人たちそれぞれのまなざしの数だけ、異なった輪郭がたちあらわれることでしょう。
2025年12月12日(金) - 2025年12月25日(木)
11:00~17:00※土曜は完全予約制となります。
※日・祝休み
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