Artists
  • 丹野徹「Subterranean -zebra-」
  • 丹野徹「Subterranean-†elephant」
  • 丹野徹「Rhinoceros in the cloud」
  • 丹野徹「Scene of beginning after the end」
  • 丹野徹「soil and sheep」
丹野徹「Subterranean -zebra-」 丹野徹「Subterranean-†elephant」 丹野徹「Rhinoceros in the cloud」 丹野徹「Scene of beginning after the end」 丹野徹「soil and sheep」

シリーズ「Subterranean」
写真の登場以前、博物誌(あるいはその類い)には版画がつかわれていました。記録にはイメージが混入し記憶を想像が補完し、そうして実現された銅版画。(プリニウスの博物誌、デューラーの犀など) あくまでも“現実の記録”として用いられたそれらの挿絵のなんと美しい事か。 現代は地図からは空白地帯が消え未知の風景を求めることが困難な時代ですが、より現代的なアプローチとして技巧によって創出される未知の風景が構築する“もう一つの世界”の博物誌を制作する試みです。

シリーズ「BLACK」
主題と手法の一致を試みた作品群です。モノクロームではなくカラーの“黒”。色を重ね、或は抜くことで“黒”をつくっております。 色に対する認識は器質、文化的背景に大きく影響されている。感覚器官はすなわち身体であり器質の個体差、それに及ぼす環境的要因についての考察を作品にしました。 生物は種によって異なる視覚を持っている。人についても差の大小はあれ個体差(色覚はもちろん身長、視力などの器質要因)があり人はそれぞれ異なる視界がある。 「知覚と世界」とは「身体論」でもあります。個体差を超えて得られる共感に言及すること目指して「先ず色を盛り」「それを無効にする」手法を用いております。

「Rhinoceros in the cloud」
「Scene of beginning after the end」
これらの作品は「建築の一要素としての写真」となるべく、光沢紙への大判プリントを前提に制作しています。
多くの諸芸術は建築とともに発展/進化してきました。現代ではインスタレーションが隆盛しており写真もまた「空間」に作用するオブジェとして作品化できると考えております。

「soil and sheep」
伝統的な写真の作法に則り制作をしました。ですが重要な一点、つまりアスペクト比について「伝統的な写真の作法」に異議を呈示しております。写真のアスペクト比は工業製品の規格(もちろん規格の美、という美しさもありますが)によって決定されており、美への要求によるものではありません。構図、被写体、その光景がもっとも美しさを実現できるアスペクト比で制作されるべきだと考えております。

※付記
“現実と記憶の間にあるヴィジョンについての考察 ”
特に着目したのは現実の事象が記憶される際には必ず知覚を通過する点です。この視点に立つ限り我々はある事象に対してコンセンサスを得ることは出来ない。何故ならば知覚は身体、すなわち器質(先天性、環境適応問わず)ありきの機能だからです。 (この事を前提としながら尚コミュニケーションのレベルでの同意が可能なのは言葉/記号の力に他なりませんがこの件は差し当たり言及致しません) 視力、身長、瞳の色… 器質的個体差はそのまま知覚の差、記憶の相違としてついに他者との壁を越えることはない。 僕の記憶は“数十、あるいは数百、数千分の一”という長さでは記憶されていません。“瞬間”といってもせいぜい三分の一秒くらいのものでしょう。 認識の連写を脳内で“一瞬”という形に落とし込んだ視覚情報に音、臭いなどの様々な情報を併せてパッケージしたものが記憶であるとの仮定から出発し、現実の仕組みから創出する“未知の風景”とういうヴィジョンを決定したところで主題の完成をみました。

Toru Tanno

プロフィール

1968 東京生まれ
10代に詩作を、80~90年代初頭には音楽制作を行い99年欧州渡航、レイブカルチャーに傾倒する。
2000年代以降は写真作品の制作を始め、先験性、つまり記号以前に、精神より遥か原初にある“美”についての考察を元に様々な主題で制作活動を行う傍ら、デジタルイメージクリエイターとして写真集、雑誌等のヴィジュアルディレクションを手がけている。

2013 「二人展 DECONSTRUCTING」
2014 個展「丹野 徹 展」
2016 「たいせつなもの展-アイドル-」(靖山画廊)